株式会社JEXS
 ◆ エンゲージメント・マネジメント

マネジメントは難しい。しかし、どこへ行っても、どれほど難しいといわれている部署や拠点を任されても、必ず成果を上げるマネージャーがいる。こうしたマネージャーの行動とはどのようなものなのか。また、そうしたマネージャーを生みだす企業とはどのような風土をもってい驍フか。そこに何らかの秘訣はないのだろうか。

このような問題意識を持った稲垣公雄と伊東正行は、優良企業を調査していく中で明らかにされたキーワードとして「CS=Customer Satisfaction」と「ES=Employee Satisfaction」があったと指摘する。そして、「業績は高めたいが、数字のことばかり考えていても業績は変わらない」ということ、そして、「どこへ行っても、業績を継続的に上げ続けるマネージャーは、何よりお客様の満足(CS)を重要視している」ことを明らかにした。そして、それ以上に、従業員のやりがいや満足、つまりESを重視しているということが明らかにされた。また、CSを高めることはそれ自体重要なことだが、CSを追求することは、ESを追求する上で極めて重要になる。言い換えれば、どこに行っても、業績をコンスタントに上げ続けるマネージャーは、必ず「ES→CS→業績」の順番に物事を考えていたことを確認することができたという。誤解を恐れずにあえて言えば、「業績を上げたければ、業績をいかにあげるのかということを一旦忘れて、ESに注目しなければならない」というのである。その背景にはどのような思考プロセスがあるのだろうか。

ESが高まると、それによって個々の従業員が自ら考えて、自律的に行動するようになる。そうでない職場と比べてみたとき、その企業に競争力があるのは明らかである。では、どうしたらよいのか。そのカギとなるキーコンセプトが「エンゲージメント」であり、それは従業員一人ひとりが組織に対してロイヤリティを持ち、方向性や目標に共感して「心からの愛着」を持って絆を感じている状態を指す。こうした考え方を実践している企業をエンゲージメント・マネジメント企業、また実践者をエンゲ[ジメント・マネージャーと呼ぶことができる。

スタンフォード大学教授のジェフェリー・フェーファー(J.Pfeffer)は、株主価値経営の後退が余儀なくされていることについて「歴史的に見れば、株主価値経営の考え方は決して主流だったわけではなく、そのような考え方は1970年代以降のものである。1950-60年代はステークホルダー全体が等しく重要で、神様であるという考え方が主流であり、どのCEOも自社と関係する集団である、顧客、従業員、サプライヤー、株主、さらには地域社会の利益をバランスさせるという役割を心得ていた」と指摘している。その後、さらに近年では、地球環境問題への配慮が加わってきている。今や、利益第一主義から、総合的な企業自身の持続性が≠゚られる時代になってきている。

フェーファーは、「株主価値を高めるために他のステークホルダーを後回しにする企業はそうでない企業の利益を上回るわけではなく、むしろ低い場合が多い」とし、さらに「最近、収益性と生産性を向上させた企業は投資家の利益を最優先させたからではなく、従業員の意欲を高める取り組みを実践したことによる」としている。具体的には、教育訓練、権限委譲、個人業績のみな轤ク組織業績に連動した報酬等がこれに含まれるとしている。

ブルッキングス研究所によると、無形資産と有形資産の比率は1980年頃、6対4程度だったが、2000年には15対85に大きく逆転したという。無形資産は、インタンジブル・アセット(intangible assets)とも言われ、損益計算書には現れない企業の価値のことを指している。具体的には、時価総額と財務諸表上の純資産価値の差分として現れる。インタンジブル・アセットには「発見」、「組織」、「人材」という源泉がある。「発見インタンジブル」には、特許、商標、イノベーシ㏍涛凾ェ含まれる。また、「組織インタンジブル」には、技術、ブランド、技術力等がある。「人材インタンジブル」には教育訓練、文化、リーダーシップ等がある。企業はインタンジブル・アセットを自己革新に導き、有効にマネジメントするとき、市場価値が高くなる。稲垣らは、人材インタンジブルがコアになり、発見インタンジブルがそれを取り巻き、組織インタンジブルがさらに周辺へと拡がると想定し、その土台にタンジブル・アセット、つまり、物理的資産・金融資産があるとしている。
フェーファーは、人材インタンジブルを重視してきた企業が優れた業績を上げてきたことを強調する。例えば、米国にサウスウェスト航空という会社がある。この会社の時価総額は一時期、米国における残る他のすべての航空会社の時価総額の総額に等しかった。この会社の方針は創ニ以来、一貫して「従業員が第一、顧客が第二、株主は最後」だった。また、全米の男性用スーツで25%のシェアを持つメンズ・ウェアハウスも、株主価値よりも従業員教育など人材インタンジブルを重視していることで有名である。

一般にCSが高まることは、業績が高まることに論理的必然がありそうだが、その中間項にロイヤリティが高まること、取引量が増えることが入ってくると、その成立にはいくつかの前提条件が必要になってくる。そのためには「3Rの効果」があるとされている。とくにその効果はロイヤリティが取引量につながるプロセスに関連している。まずリテンション(Retention)である。これは継続取引のことで、取引が継続的になることを意味している。例えば、化粧品、日用の買回り品、小売業などを想起するとよいだろう。次がリテイテッド・セールス(Related Sales)であり、追加取引のことである。関連して追加的に取引をする商品やサービスがあることを指している。シャンプーやリンスを買った場合、同じブランドで洗顔料を買うことなどがこれに当たる。最後がレピュテーション(Reputation)である。これは、日本語で表現すると「口コミ」のことで、建売住宅の例が典型的で、知人からの口コミ情報が重視される事例である。また、最近ネット上で起こっている購入者のコメントがこれに当たる。

このような3Rの効果が全く通用しない場合もないわけではない。それは、顧客から見て取引は一生に1回しかなく、継続的な関係の中での追加的な周辺取引はまったく想定されていない。しかも、その取引について、お客様が知人などに評判を伝える可能性もないし、期待もしていないというビジネスである。しかし、このような極端な購買行動の事例は少ないだろう。

ESへの注力で注目されるCS優良企業の例をいくつか取り上げたい。その1つはザ・リッツカールトン・ホテルである。日本には東京と大阪にあり、比較的最近開業したばかりだが、このうち大阪はCS優良企業の代名詞とされている。「ニーズの先読み」をした「リッツ・カールトン・ミスティーク」は「想像もできないような感動的なサービス」として知られている。例えば、「大阪に宿泊した顧客が眼鏡を忘れて新幹線に乗ってしまったとき、スタッフが追いかけて東京駅で眼鏡nした」、「プロポーズすることを知った従業員がレストランの営業時間を延長し、特別なBGMを用意して、プロポーズ後に従業員全員が祝った」などの事例があり、通常では考えられないサービスの提供に強いこだわりを持っている。同社のサイトにはクレドやサービスのステップなどのそのプロセスや概要が示されている。

また、ES・CS重視の組織として医療界では、千葉県鴨川市にある亀田メディカルセンターが有名だ。「ご家族やご友人などが積極参加する安らぎの環境作り」を目指しており、手術前日には患者は家族と一緒に過ごすことが許されている。通常であれば20時を過ぎれば、家族の面会は禁じられるところだろう。また、病院の霊安室は、地下ではなく、燦々と陽がそそぎ、海が見える最上階にある。家族にとって霊安室は死体安置所ではなく、故人となった家族と最期の別れの時間を過ごす貴重な場所なのである。同病院では、「全ての人々の幸福に貢献するために愛の心をもって、つねに最高の水準の医療を提供し続けることを使命とする」ことが目標とされ、共有すべき価値観として、サの尊ぶところを「患者さまのためのすべてを優先して貢献すること」、その財産を「職員全員とその間をつなぐ信頼と尊敬」、その精神を「固定概念にとらわれないチャレンジ精神」があげられている。そして、チーム重視と倫理観が重視すべき事項として示されている。また、同じく医療界では、川越胃腸病院が好事例として有名である。このほかに事例企業としてES重視の企業として伊那食品工業がある。同社では、会社は従業員の幸せを実現する場所だと認識されている。

三菱総研の調査によると、エンゲージメントの高い個人は低い場合と比較して業績の水準は186だという(N=97)。一方、職場でみると、222である(N=52)。ややサンプル数は少ないが、エンゲージメントの業績に対する重要性が理解できるだろう。

稲垣らは、エンゲージメント・マネージャーについて述べる中で、問題上司20の行動特性とキーワードをあげている。それは表1のようにまとめることができる(稲垣・伊東,2010;p.112を参考に著者が改訂し作成)。

【表1】 問題上司20の行動特性とキーワード
 
分類 項目 問題となる言動 キーワード
行動面 方針・決断・指示 問題1 言っていること、考え方がころころ変わる ぶれない
問題2 決断しない/できない 意思決定力
問題3 明確で具体的な指示ができない
部下を放任する
明確な指示・命令
問題4 部下に任せるべき状況でも、任せられない 権限委譲
仕事を任せる
コミュニケーション 問題5 人の話をちゃんと聞けない
自分の話したいことだけを話す
傾聴
聴いてくれる
問題6 部下を褒めるべきときに褒めない 称賛・承認
褒める
問題7 部下を叱るべきときに叱らない 叱る
注意する
問題8 上にモノを言えない
上から言われるとすぐに前言を覆す
上方への影響力
リソース調整・
役割設定
問題9 社内で調整、交渉する力がない
必要な人脈がない
社内調整力
問題10 部下の役割を設定できない
業務に必要なリソースを調達できない
リソース調整力
資質・価値観 性格と経験 問題11 性格が暗い
人や物事を否定的に見過ぎる傾向がある
ポジティブ
プロアクティブ
問題12 物事を客観的、体系的に捉えることができない 大局観
客観性
問題13 業務知識、経験が不足している
現場感覚、お客様視点が欠落している
業務知識
CS視点
仕事に対する
スタンス
問題14 目標達成へのこだわり、執着心が弱い 目標達成意識
成果志向性
問題15 目標達成や社内での評価に過剰にこだわりが強く、無茶をいう
割り切りが悪い
選択と集中
現実感覚
問題16 部下の上げる成果にしか関心を示さない
部下の成長や育成に関心を示さない
部下成長への視点
人材育成
問題17 自分の昇進や社内評価にのみに関心が異常に強い 社内評価に対する割り切り
本質的な価値観と
行動特性
問題18 仕事に対するビジョンや持論がない ビジョン
自分なりの持論
問題19 相手の立場に立って考えることができない
他者に対する労わりや関心が薄い
感受性
相手の立場に立つ
問題20 物事に対する積極性がない
活動力が不足している
責任感
行動力
      ※稲垣・伊東(2010)p.112の図表を参考にして改編し作成。



主要参考文献
稲垣公雄・伊東正行(2010)『エンゲージメント・マネジメント戦略』日本経済新聞社
ジュフェリー・フェーファー「ステークホルダー資本主義の再来」『ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー』2009年11月号
ゲイリーレイザム(2009)『ワーク・モチベーション』NTT出版
ザ・リッツカールトン・ホテル http://www.ritzcarlton.com/ja/Default.htm 
医療法人財団献心会 川越胃腸病院 http://www.kib.or.jp/
医療法人鉄蕉会 亀田メディカルセンター http://www.kameda.com/
伊那食品工業 http://www.kantenpp.co.jp/
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